大切な人 1
仕事柄、いろいろな人のいろいろな恋愛話を聞くことが多いです。
この話は恋愛というよりかは、家族愛というか兄弟愛のような、そんなものを感じさせます。
話をされた方が海外転勤に行かれた時の話しだそうです。
それやこれやで憔悴しきって、疲労困懲。
目はショボショボで、背中が痛んだ。
「マミ、行っちゃえよ。しょうがないだろ。どうにかなるさ。早く行けよ」
洋介は何を手伝うというわけでもないけれど、留守家族のところへしょっちゅう行っててくれたみたいでした。
わたしは東京の生活も心配だったから、東京とシドニーの間を行ったり来たりしてましたね。
そのとき、人の倍くらい年を取ったようです。
気が張っていたせいか、九時間の飛行時間も苦痛に感じませんでした。
二年半後に帰国し、夫はすぐ関西に単身赴任。
わたしは父の具合が悪かったので、東京に残りました。
父は老人性痴呆症が進み、おしものほうもアウトだった。
何も思い出さないのなら、それなりにやりようがあるのですが、瞬間的に正常になったり、分からなくなったりが入り交じるでしょ、こちらは振り回されてしまいます。
父はわたしのことを「母さん」って呼ぶんです。
結局、わたしが帰国してから一年半後に、老衰というかたちで亡くなりました。
わたしは四十五歳でした。
夫は関西だったし、そのときもまた洋介におんぶしました。
安泰の日々が、ちょっとの間続いていました。